アメリカのイスラム化:ミシガン州第3の都市が「次のディアボーンスタン」へと変貌――10年足らずでイスラム教徒の飛び地へと一変した
RAIR財団 米国 2026年9月22日
ミシガン州で3番目に大きな都市であるミシガン州ウォーレンは、イスラム教の支配下に落ち、今や次のディアボーンになりつつある。市当局や警察は、彼らがこの街を制圧するのを積極的に支援してきた。キリスト教の教会はモスクへと変えられ、この街は第三世界のイスラム教徒の飛び地と化してしまった。
10年も経たないうちに、ミシガン州で3番目に大きな都市はイスラム教に征服され、次のディアボーンスタンへと変貌しつつある。かつてミシガン州ウォーレンでは、日曜日にキリスト教の教会の鐘の音が鳴り響いていた。今では、1日5回、イスラム教の礼拝の呼びかけであるアザーンが鳴り響き、キリスト教の教会は買い上げられてモスクやイスラム教の集会所へと変えられている。ある住民が指摘したように、彼らがモスクに変えないものなど何一つなく、現地のイスラム教徒たちは異教徒に対して無礼な態度を取っている。

ミシガン州ウォーレンのイスラム化
フォックス・ニュースによると、ウォーレンにある80年以上も存在していたルーテル教会が6年前に買収され、現在は「アル・イフサン・イスラム・センター」となっている。これはアメリカに対する静かな征服だ――アッラーの名の下に、一つずつキリスト教の教会を奪い取っているのだ。彼らが手に入れられない教会は、不可解なことに焼失してしまうようだ。
「彼らは何でもモスクに変えてしまう」と、57歳のジャスティン・タイ氏は、過去10年間でイスラム教徒が溢れかえった故郷のガイドツアー中に、フォックス・ニュース・デジタルに語った。
彼はかつて、そのルーテル教会がアメリカの郊外コミュニティの中心的存在であり、地元の子供たちが芝生に集まって即興のスポーツを楽しんでいた頃を覚えている。今や、神聖な場所は俗悪なものへと変貌してしまった。ウォーレンは、イスラムによる完全な腐敗に陥ってしまったのだ。
フォックス・ニュースより:
20世紀初頭、ヘンリー・フォードが開発した内燃機関により、誕生したばかりの自動車産業で労働力の需要が高まったことを受け、レバノン、イラク、シリアからの移民――その大半はカルデア派キリスト教徒――がデトロイト地域へ移住し始めた。
現在、デトロイト、グランドラピッズに次いでミシガン州で3番目に大きな都市であるウォーレンは、第二次世界大戦後の自動車製造ブームに伴い、ほぼ一夜にして急成長を遂げた。これは、戦争帰還兵たちがフォードやゼネラルモーターズで働くためにこの地域に移住してきたためである。ブルーカラー層が住み、白いピケットフェンスが並ぶこのコミュニティは、1957年に町として法人化された。

タイは大人になると、ウォーレンを離れた。13年前に戻ってきて、育った家を買い戻した。近所の様子は少し変わっていたが、劇的な変化ではなかった。しかし、その状況は一変しようとしていた。
タイが実家に戻ってから間もなく、イスラム教徒たちがこの街に押し寄せ始めた。タイの住む近所の半径7マイル(※11.265408km)圏内には、現在5つのモスクがある。
フォックス・ニュースは、ウォーレンにおける「イスラム化」の実態を伝える衝撃的な取材を行った。
かつてのバプテスト教会は現在モスクとなっており、古い産業機械の事業所も同様だ。タイは、イスラム教徒が購入し、モスクにしようとした一軒家について言及した。しかし、ゾーニングをめぐる争いが勃発し、最終的にウォーレン市議会は用途変更を却下した。

また一つ、アメリカ都市が制圧された
「すべては、彼らがモスクを買収した約6年前から始まった」とタイは語り、この街の元の住民たちは今や追い出されているかのような気分になっていると明かした。
「ラマダンが終わると、彼らは[イード・アル=フィトル]の礼拝を行うんだ。事前の告知はなかった。我々は何も知らなかった」と彼は述べた。「突然、モスクの裏手に100人以上の人々が集まり、演壇に立ったイマームが大きな拡声器を使って祈りの言葉を大声で唱え始めた。それで近所中が目を覚ましたんだ」。
タイと近隣住民たちは、その日以来、特にイスラム教の祝日や毎週金曜日の午後の礼拝の時間帯に、この地域が「混乱」に陥っていると主張している。

彼の隣人であるウェンディ・シュナイダーは頻繁に病院へ通わなければならないが、金曜日の午後は行かない。金曜礼拝のためにイスラム教徒が近隣に殺到し、ひどい交通渋滞を引き起こすからだ。同じ理由で、タイは今年、オートバイのナンバープレートの更新をしなかった。
イスラム教徒の住民は運転が乱暴な傾向があり、英語を話せない人たちは明らかに交通ルールを十分に理解していないため、道路は極めて危険な状態になっている。
「閉店するレストラン――アメリカ系のレストラン――のたびに、イスラム系のレストランがオープンしているようだ。これまでに4、5軒は目にした」と、匿名の近隣住民は語った。
また別の近隣住民は、タイと同様にウォーレンで生まれ育ち、1966年から家族が所有する家で暮らしていたが、一度は去り、後に戻ってきた。彼が戻ってきてから10年が経つ。
「普段はのんびりした性格で、物事に動じないんだ」と彼は語った。「でも、ここは俺の近所なのに、奴らがただ乗っ取っているような感じで、それが気にかかるんだ。しかも、奴らは全く気にしていない」。

「この地域全体が、10年――いや、10年にも満たない期間で――イスラム教徒の地域へと一変してしまった」とタイは述べた。「確かに、彼らは親切で、手を振ったりもする。だが、私は彼らの行動を見る。その行動は親切とは言えない」。
「地域を軽視し、ここに住む人々を軽視し、私たちの車道に駐車し、車道を塞ぎ、芝生の上に駐車している」と彼は非難した。
2021年、地元メディアが記事を掲載し、イード・アル=フィトルの祝賀行事中に住民がイスラム教徒の礼拝者を嫌がらせしたと非難した。
「私たちにとってそれはクリスマスのようなものなのに、聖なる日に人々から攻撃を受けると、やはり少し余計に傷つく」と、ムバラク・モゼブは当時WDIVに語った。他のイスラム教徒たちは、この地域で歓迎されていないと感じると愚痴をこぼした。
タイ氏は、クリスマスに拡声器を使って近隣住民全員を起こしたことは一度もないと指摘した。

ディミの市当局者たちがイスラムにひざまずく
近隣住民たちは、ウォーレン警察署を含む地元当局から完全に無視されていると感じている。住民たちは、ムスリムを支持する市当局者たちによって、警察の手が縛られているのではないかと疑っている。ロリ・ストーン市長は、この状況について住民と話すことを拒否していると報じられている。
「ストーン市長と直接話すことは決してできない。話せるのは彼女の秘書だけで、その秘書はムスリムだが、私や近隣住民に対し、『彼らはムスリムだから尊重すべきだ』と告げた」とタイ氏は語った。
「彼らは、あなたを精神的に翻弄することしか絶対にしない」と彼は、警察や市の選出された役人らを指して述べた。

【訳】
確かに、男性も女性も平等に扱われている。
これは、この宗教のすべての支持者への直接的なメッセージであるべきだ。
その宗教の名前は明かさない。
当然のことながら、ストーン市長は、問題があることなど全く知らなかったと主張した。それが真実ではないことは、皆さんもご存知だろう。彼女は、フォックス・ニュース・デジタルから市役所に伝えられた申し立てについて、「内容が漠然としており、市が申し立てられた事案を検証・調査するには十分な情報が欠けている」と述べた。
「現時点で、私の事務所は貴殿のメールに記載された苦情や懸念を受け取っておらず、ウォーレン警察署からも、貴殿が記述した事案に関連する問題を示すような最新情報は提供されていない」と、彼女の回答は述べている。
ウォーレン警察署は、「駐車や騒音に関する苦情を含め、生活の質に関わるあらゆる懸念を、その出所にかかわらず真剣に受け止めている」と述べた。同署によると、最後に対応した事案は3月のものだったという。

「過去数年間、この地域での通報に対応した警官たちは、車両の通行量は多いものの、すべての車両が合法的に駐車されていたことを一貫して確認していた」と声明は続けた。「かつて、この地域に関連する騒音苦情は主に日中に報告されていたが、これは市の一般的な騒音条例の規制対象外である」。
その後、警察は責任逃れを図り、市役所から市内の特定の区域を法執行の対象外とする指示は受けていないと主張した。
住民たちがここで嘘をつく理由などない。市長と警察の言い分は不誠実であり、この件に関して彼らを信じることはほぼ不可能だ。
市長や警察署の彼女の下っ端たちのような、自己満足に陥った左派たちのおかげで、街全体がイスラムに支配されてしまった。それが国全体を征服する計画なのだ。ミシガン州とニューヨーク州は、その先駆けに過ぎない。
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