情報あれこれ

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一人っ子政策で大流行?中国の「赤ちゃん鍋」

C62(シロクニ)

かなり恐ろしい内容となっているため、心臓の弱い方等は控えていただくか、注意してお読みください。




From: 林建良 台湾独立建国聯盟・日本本部委員長



■医食同源は良い言葉?


日本では医食同源というのは、良い言葉だと考えられています。


では、日本人が考える医食同源とはどういう意味なのか。


医というのは医療です。食というのは食事あるいは食材です。


要するに口に入れるものが体を整えてくれるという意味になります。


食事のときに体に良いものを食べると、自然治癒力で自分の体を治す効果を持っているというのが、日本の医食同源の考えだと思います。


この考えは極めて正しいと思います。当然ながら口に入れるものは体に関係していて、
場合によっては自分の体に良いものもあれば、悪いものもあるということです。


ですから食べ物にはやっぱり注意しなければいけません。


何かを食べると何らかの免疫力が増進することがあり、あるいは血管の柔軟性が保たれるという効果もあると考えられています。



■本当は怖い医食同源の真相


ところが中国人が考える医食同源は日本人とはまったく別次元の問題です。


実をいうと、僕も漢方薬について学んだことがあります。


中国の漢方医療は基本的に自然科学とはかなり違った発想です。


中国の漢方医は、宇宙の摂理に合わせるという発想を基本にしています。


その発想自体、僕は悪くないと思います。


それぞれの食材は、熱性のもの、温性のもの、冷性のもの、寒性のものというふうに分けられています。


例えば生姜は温性のもの、唐辛子は熱性のもの、白菜や大根は寒性のものというふうに分けられていて、さらに陰と陽に分かれます。


陰陽五行というのがあって、木金水土火とか、五行という概念で物を処方します。


これが漢方薬の基本になります。


しかしながら医食同源の最も基本な部分というのは、例えば豚の肝臓は人間の肝臓に良い、豚の脳は人間の脳に良い、腎臓を食べると腎臓に良いというものです。


だから究極的にはその臓器が人間に近ければ近いほど良いと考えられています。


どうしても手に入らないものであれば、形だけでも人間に似ているほうが良いとされています。


例えば朝鮮人参ですが、足が2本に体があり、人間の胎児に似ています。


人間に似ているものは人間に良いというのが、医食同源の発想です。


中国人が興味を持っているのは、金以外には食べるものと性に関するものです。
中国古来の精力剤には犬あるいは虎のペニスが用いられてきました。


乾燥した犬のペニスが今でも売られていて、中国人はこれを煎じて飲んでいます。


そして中国では今でもやっていることなんですが、広東省では猿の脳みそを食べることがあります。


どうやって猿の脳みそを食べるかというと、テーブルの真ん中に穴を開けて、生きたままの猿をそこに縛り付けて、頭蓋骨をかち割って生きたままの猿の脳みそをスプーンですくって
食べているわけです。


なぜ猿の脳みそを食べるかというと、猿は霊長類で人間に近いから。
だから猿の脳みそを食べると、脳に良いと考えられています。


人間に近ければ近いほど良いということになると、究極的には人間を食べるのが最も良いということになります。



■究極の薬膳料理「赤ちゃん鍋」


だから中国には今でも赤ちゃん鍋があるんです。


赤ちゃん鍋については実は台湾の週刊誌でも報道されていて、2001年10月18日発売号の香港資本の雑誌「壱週刊」に掲載されています。


そこでは、報道陣が赤ちゃん鍋の料理の手順から鍋になるまでの過程をずっと撮影してきて、実体験をレポートしています。


赤ちゃんと言っても、胎児と言ったほうが良いかもしれません。


つい最近まで中国は1人っ子政策をやっていました。


中国では少なくとも年間1500万人の胎児が殺されているというか、中絶されています。


先ほど申し上げたように、金銭至上主義の中国人が1500万人の胎児を無駄にすることはないでしょう。


胎児の場合は妊娠6か月以上経過すれば、はっきりとした赤ちゃんの形になっています。


妊娠6か月以上から満月になるまでの胎児のほか、場合によって生まれた直後の赤ちゃんを
使って鍋にするということです。


赤ちゃん鍋は、中国の究極の薬膳料理と考えられています。
これが医食同源という考えです。


日本銀行が保有する国債

C62(シロクニ)

概算要求の時期だからなのか、岸田内閣がますます「財務省内閣」の色を強めているためなのか、またもや財政破綻を煽る報道が増えてきています。


(もっとも、以前とは異なり、大学教授が露骨な破綻論を主張することは減っているように思えますが)


日本国債は、100%日本円建て。
日本銀行が保有する国債について、政府は返済や利払いは不要。
連結決算で、相殺。



【図 2022年3月末時点 日本国債所有者別内訳】


2022年3月末時点で、日本銀行は日本国債の48%強を保有しています。


もちろん、日本銀行以外が保有する国債についても、基本的には「永久に借り換え」なのですが、一応、償還することになっています。


それに対し、日本銀行は、保有する日本国債について償還を求めることはありません。地球滅亡の日まで借り換えです。理由は簡単で、意味がないためです。


例えば、日本政府が1兆円の日本銀行保有国債について(理由は思いつけませんが)償還するケースを考えてみましょう。


【国債償還前の日本政府、日本銀行のバランスシート(貸借対照表)】


◆日本政府
【借方】        【貸方】
日銀当座預金1兆円 / 日本国債1兆円
◆日本銀行
【借方】              【貸方】
日本国債1兆円/ 日銀当座預金1兆円



【国債償還時の日本政府、日本銀行のバランスシート(貸借対照表)】


◆日本政府
【借方】             【貸方】
日本国債1兆円/ 日本国債1兆円
◆日本銀行
【借方】                    【貸方】
日銀当座預金1兆円/ 日銀当座預金1兆円



【国債償還後の日本政府、日本銀行のバランスシート(貸借対照表)】


◆日本政府
【借方】 【貸方】
- -
◆日本銀行
【借方】 【貸方】
- -



上記の通り、日本政府も日本銀行も、自らの負債である日本国債、日銀当座預金を手に入れ、相殺して消してしまうだけなのです。


まさに「一体全体、何のためにそんなことをするのか」という話なのでございますよ。


ちなみに、日本政府が日本銀行に支払った金利は、日銀決算後に「国庫納付金」として日本政府に戻ってきます。


2021年度、国庫納付金は 1兆2583億円。
それに対し、日銀に支払われた金利は1兆1233億円。


何と、国庫納付金の方が、日銀に支払った金利を上回ってしまっています。


返済も利払いも不要な「負債」を「借金」と呼んではなりません。
借金とは「返済が必要な負債」なのです。


事実として、「日本銀行保有国債は、日本政府の借金ではない」にもかかわらず、財務省の省益のための財政破綻論は終わらない。


この手の「間違っているにもかかわらず、広まってしまった主張」を覆すには、どうしたら良いのでしょうか。


繰り返し、しつこく正しいことを主張し、少しずつ、少しずつ修正していくしかありません。
三橋は諦めません。



月刊三橋会員限定『メルマガ月刊三橋』

2022・8・11 より

この努力、情熱、犠牲心なくして敗れた場合 和平はおろか、民族は消され ゼロとなるものである

C62(シロクニ)

殉国の英魂は敗れてなお国を護る



いかに戦ったか 



いかなる力を発揮する民族性があるかで



歴史の評価は行われている



戦う以上は勝利に向かって全力を発揮すべきである



この努力、情熱、犠牲心なくして敗れた場合



和平はおろか、民族は消され



ゼロとなるものである



芙蓉部隊を率いる美濃部正少佐は上官に対し特攻を拒否。
その後、進行夜間戦闘機隊の結成。
そして終戦を迎える。

【前半】


【戦争実話】特攻に異を唱えた美濃部正少佐/夜間攻撃に特化した芙蓉部隊|石川真理子


【後半】



【感動の物語】平和を願った軍人・美濃部少佐の遺言 |石川真理子

今も慕われ続ける『日本の兵隊さん』

C62(シロクニ)

中東、アフリカ、南太平洋の島々など数々の危険地帯で要人警護やテロ対策を行なってきた
危機管理コンサルタント・丸谷元人さん。


その後は言論の世界でも活動するなど特殊なキャリアを歩んでいる丸谷さんですが、どんなきっかけがあって危険な人生へ足を踏み入れたのでしょうか??


実は海外の大学を出た丸谷さんは一部上場の大手商社への内定が決まっていました。


しかし、ある出来事をきっかけに日本人が誰も踏み入れたことのないような茨の道を進むことを決意したのです。




丸谷先生の人生を変えた体験


=====


パプアニューギニアで見た日本兵の軌跡


私の人生を大きく変えてしまったのはパプアニューギニアでの経験でした。


若い頃、日本軍の戦績調査のために防衛大学の教授のお付きの通訳として2週間パプアニューギニアに行きました。


実はその後、日本に帰国してすぐに一部上場の商社への入社が決まっていました。


しかし、パプアニューギニアで頭を打たれるような経験をした私は帰国後に商社の内定を辞退することになります。



パプアニューギニアについて一発目に衝撃を受けたのは地元の方が今でも日本軍人の墓に花をお供えしているということです。


周りがジャングルで大雨が降っていたにも関わらず日本兵の墓にハイビスカスの花をお供えしてくれていました。




①子供たちの大群


日本陸軍の戦闘機隊がいたブーツ飛行場の調査に向かったときにはたまたま車を降りて休憩していると丘の上から子供たちの大群がウワーっと向かってきたことがあります。


なんだなんだと思っていると「ジャパンだ!ジャパンだ!」というふうにすぐに車を取り囲まれました。



現地人はニコニコしながら「ジャパン、文通しよう」と言うのです。


文通をするのか?と戸惑いましたが悪い気はしないので、どうして文通をしたいのかを聞いてみたら


「我々はジャパンが大好きだ」というわけですね。


「なんで日本が大好きなの?」と聞くと、


「ジャパンは我々を助けてくれたいじめられてた我々と一緒に戦ってくれた」


「ジャパンの兵隊が可愛がってくれた」


と口々に言うわけですね。
日本人をこんなによく思ってくれているのかともうびっくりしてしまいました。





②偶然見つけた日本軍の遺物


また別のところでは、教会から帰ってくる現地人の方を眺めていると、あるものを首からぶら下げているのに気づきました。


「ちょっと見せて」と声をかけるとなんと旧日本軍の認識票だったのです。


じっくりと見ると第何部隊のHさん(仮名)と書いてあるではありませんか。


びっくりしてしまい800円くらいで買い取らせてもらいました。


厚生労働省に問い合わせをするとその3ヶ月後にご遺族の方につながりました。


その方が3歳のときにお父さんが戦争に向かったらしく戦闘機のパイロットだったそうです。


認識票は無事にご遺族の手元にお届けできたのですが


現地人に「その認識票、どこで見つけたの?」と聞くと


「うちの村の外れに墜落した日本軍の戦闘機がある。そこで拾ったんだ」
と教えてくれました。


実際に見にいくと「飛燕」という戦闘機の残骸があってHさんはこの場所でお亡くなりになったと分かりました。



③日本人を待っている現地の人々


また別の日に日本とオーストラリア軍が激戦を繰り広げたアイタペと言う場所に行くと現地のおばあさんとすれ違いました。


そのとき「あんたはチャイナか?コリアか?それともマレーシアか?」と聞かれたので、日本人だと答えるとおばあさんはびっくりしたような顔をしてガラッと態度が柔らかくなりました。


その後しばらく歩いてふと後ろを振り返ると、なんと30人くらいの現地人が行列をつくって後についてきているではありませんか。


私たちは現地住民に取り囲まれ「ジャパンの兵隊は優しかった」「おじいちゃん、おばあちゃんから聞いている」と戦争時代の話をたくさん聞かされました。


さらに「日本軍はいつ帰ってくるんだ?」と質問をされる機会が何度もありました。


気になって尋ねると「日本の兵隊さんは撤退するとき必ず帰ってくると約束してくれた。我々は今でも待っている」
と言われてびっくりしてしまいました。





その後、考えたこと


「すみません。いけません」


2週間の戦績調査ツアーから帰ってきた私は内定先の会社に連絡をして入社をお断りしました。


今でもこの決断は間違っていないと思います。


商社の面接では「あなた男芸者できますか?」と言われていました。


仕事をした後、取引先の接待をするわけですね。


最初は「がむしゃらにやってやろう」と思っていたのですが、パプアニューギニアに行ったあとは


「商社で良い成績を出せる人はたくさんいる。けどパプアでこの現状を見た日本人はそう多くない。私は私にしかできないことをやろう」


そう思ってパプアニューギニアで活動することを決めました。




私たちの先人である日本兵たちのお墓を、戦後60年以上が経ってもなお彼らは守り続けてくれている。


さらには、なんと数百人もの現地人が、日本兵を助けたという理由だけで、その後、裁判もなしに連合国によって処刑されたという事実も聞かされました…


しかし、彼らはそれを恨むどころか、私が日本人というだけで周りを取り囲み、踊り狂わんばかりに歓迎してくれたのです…


その気持ちを嬉しく思う一方、私は強烈な怒りや悲しみに包まれていました。


なぜ、今まで誰も来なかったのだ!
なぜ、こんな不条理が許されているのだ!


ここに眠る戦没者たちのおかげで、今の日本がある。


それなのに我々戦後の日本人は、バブルだ、高級車だ、住宅だ、キャリアだ、収入だ、海外旅行だ、と騒いでいただけ…


その間、これらの戦没将兵たちは、異国の冷たく暗い土の下でずっと我々を待っていたのにもかかわらず…


しかし、私たちはそのことを完全に忘れてしまっているのです…



* * *



私は、英霊たちに恥じない生き方をしたいと強く思いました。


日本で骨をうずめることが出来なかった人たちの想いを絶対に踏みにじらない生き方を。


そういう人を思い出して、感謝して、全ての骨の回収はできないかもしれないけれど、想いだけは忘れずに馳せること。


英霊の方たちが守りたかった「日本」に対する想いを、繋いでいくような生き方をしたいと思ったのです。

そうして、私は危機管理の専門家として、数多くの危険地帯で様々な任務を遂行する道を歩み始めました。


時にスパイと情報戦をし、騙されたり、騙したりもしました。


常に駆け引きのある世界で、「人間」の表と裏もよく見えるようになりました。


時に大切な人を守れず、「人殺し」と呼ばれた日もありました。


私自身も何回も三途の川を渡りそうになりました。


国連総会「宇宙条約」「月協定」と中共「2015国防白書」&米国「2015宇宙法」

C62(シロクニ)

『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』より